四国でオンリーワン

商品の概要木毛(モクメン)の始まりは明治時代のこと。 山師だった父が50年前に創業した木毛(モクメン)業。 岡山県の木材業者が明治天皇に献上する果物に、かんなで削った木毛を緩衝材として使用したのが始まりと言われています。 昭和40年代には全国に120社以上あった木毛業者。 かつては車の部品や機械の部品の緩衝材として、また園芸用資材として盛んに利用されてきました。 昭和50年代に入ると石油製品の台頭により、どんどんと業界が縮小。現在では全国的にも数社程度に減少し、今や希少産業となっています。 そんななか、山師だった父が木毛作りにこだわってきたのは、木毛に対する強い思いがあったから。高知県産の 材料にこだわり、品質の高い木毛製造を通じ、生産者が思いを込めて作った作物を優しく包み、お客様に喜んで頂きたいという気持ちが木毛作りの原動力となっています。 そんな父の思いを引き継ぎ木毛作りも53年目を迎えました。 独自の製造技術と、全国最大規模の設備で現在も1日1tの木毛を製造しています。 当時としてめずらしかった日本製機械も50年間メンテナンスを続け今だ現役。この機械が木毛作りの全てを支えています。

環境に優しい木毛日本人は長い歴史の中で暮らしと森林が深く関わり、木の文化を育んできました。また循環する資源である木材を活用しながら暮らしの中に取り入れて来ました。 同じ重さの材料を作るエネルギー量は石油製品に比べ木材がとても少なく、それだけエネルギーを使わずにすみます。 また、木材は製品になった後も二酸化炭素を吸収します。 そして伐採した後の森林に木を植えれば、木が二酸化炭素をどんどん吸い込んで育ってくれるので、木材を使う事は地球環境を整え地球を健康にしてくれます。 木毛製造で出る端材は燃料として再利用し、100パーセント循環型の製造を行っています。 木毛を使う事は地球環境に配慮した事なのです。

障害者雇用の話
弊社の障害者雇用の始まりは35年前。 とある女性が突然来社されたのが始まりでした。その女性は『光の村養護学校』で働く職員の方で、お給料は要らないから学校の生徒を雇用して欲しいとの事。 先代はその生徒の受け入れを決め、その女性職員と二人三脚で生徒の職業指導にあたり、根気強い指導のもと、生徒は作業を習得していきました。この事がその後に続く障害者雇用の始まりとなり現在も障害者3名を雇用しています。 障害があっても出来る事はいくらでもあります。 今の能力を活かし、それぞれの適性に合った作業を行うことによって、健常者以上の集中力や、技能を発揮する事があります。 人の幸せの一つは人に必要とされる事。 彼らは会社にとって欠かせない人材となり、必要とされ、自信を持って働いています。

 

戸田商行が生き残って来た理由

昭和50年代、全国に120軒以上あったもくめん業者も今や数軒となってしましました。

かつては園芸の盛んな土地で果実や野菜の緩衝材として、また機械産業が盛んな土地では機械輸送の緩衝材として沢山のもくめんが使用されていました。
昭和60年代に入り、安い石油系の緩衝材の登場や、土地価格の高騰や様々な事情でもくめん業者は次々と灯を消して行きます。

戸田商行のもくめんが生き残ったのには複合的な理由が挙げられます。

戸田商行が生き残って来た理由02

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