戸田商行のもくめんとは

戸田商行へようこそ「木毛」と書いて「モクメン」と読む。それは木で出来たヒゲのようなもの。
大切な商品を優しく包み込む緩衝材として、昭和40年代頃まで盛んに利用されていました。しかし、昭和50年代になると、いわゆる「プチプチ」といった石油製や化学製の緩衝材が台頭を始め木毛業界は衰退の一途に。
かつて日本中にあった木毛工場は激減し、今では全国に数社しか残っていません。そのうちの1社がここ高知にあります。土佐市にある有限会社戸田商行です。

 

木毛づくりの原動力は変わらぬ思いもともと山林関係の仕事を手がけ、山や木に深い愛着を持っていた先代社長が昭和36年に創業した有限会社戸田商行。
創業当初から質の良い高知県産木を使って高品質な木毛を作るのが先代社長のこだわりで、業界が低迷をはじめてもそれは一切揺るぎませんでした。
「品質の良い木毛を作ることで、生産者さんが思いを込めて作った商品を優しく包み、それを手にするお客さんにも喜びを感じていただけたら」この思いが今も木毛づくりの原動力です。

工場の敷地に山積みにされた木材は、高知産のヒノキやマツやクスノキ。
建築用資材にならないものや、山の環境を改善するために切られた間伐材などが利用されます。
木毛の使用用途によって木の品種が選定され、例えば弾力があって香りが少ないマツは贈答用の果物など食品の緩衝材向き。逆に香りが強いクスノキは、防虫防臭効果があるのでシューズキーパーなどに利用されます。
節などを避けて30センチほどに木をカットしたら、工場の中央に鎮座する四角い機械へセットします。
これが木毛を作る専用機械です。

今も現役。堂々たる木毛製造機。
今も現役。堂々たる木毛製造機。01竹川鉄工社製のWA型木毛製造機。日本製の木毛製造機はめずらしいものだそうですが、当社は創業時にこの機械を導入。以来、50年以上自社でメンテナンスを続け、今も6台が現役で稼働しています。
機械が動きはじめると「ガシャン、ガシャン」と重厚な機械音が、一定リズムで響き始めます。
木毛を作り出すのは2つの刃。サイドにぶら下がった重りと連動するクランク式を用いて、まずはクシのような形をした刃が木の表面に細かい溝を付け、そこをストレートの刃がカンナのように削ることで約2㍉幅の木のヒゲが生まれます。
機械には専門の職人さんがついており、余すことなく削れるように時折木のセット方向を変えます。

今も現役。堂々たる木毛製造機。02工場内には木屑がまるで粉雪のように舞っており、角や溝に積もります。
木屑をまとった機械に書かれた数字。これは今日この機械で作る木毛の量を書いています。
削られた木毛は機械の背面に出てきます。でも、まだ完成ではありません。このままでは木毛に水分が残っており、緩衝材として必要な弾力が不十分なのでしっかりと乾燥させます。
乾燥機に使われる燃料は工程で出た廃材を利用。木毛はエコなのです。
緩衝材にこんなにも工程を踏むのか…と驚かれると思いますが、これこそが当社が創業からこだわり続けてきた仕事なのです。
出来上がった木毛はハリとしなやかさを併せ持ち、触れたものをふわりと優しく包み込みます。また、漂ってくる香りも魅力。懐かしさを覚える爽やかな木の香りは何度も深呼吸して楽しみたくなります。

たとえ日本最後の木毛屋になろうとも。木毛は緩衝材としての利用がメーンですが、私たちは「もっと身近なところで魅力を感じてもらえたら」とざまざまな製品を考案。吸湿と防臭効果に優れたクスノキの木毛を土佐和紙の袋に詰めたシューズキーパー、リラックス効果の高い香りを持つヒノキの木毛を使った枕用アロマシートなど、それらには女性ならではの視点が活かされています。
また、50年以上にわたって現役である木毛製造機が「カッコいい」「ジブリの世界に来たみたい」と評判を集め工場見学ツアーもスタートしました。
衰退産業と言われるなか、木毛屋として新たな挑戦に孤軍奮闘する有限会社戸田商行。
その心には一つの大きな思いがあります。
「日本最後の木毛屋になっても続けていきたい」

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