私たちの歴史

創業時の物語戸田商行の物語は二人の両親から始まりました。創業時の物語

山師だった父が山から木を切り出し、母と共にトラックに積み込み、自宅横の50坪の狭い敷地に、機械屋から購入した木毛製造機械1台で木毛を削りはじめます。
木は水分を含んでおり、削ったばかりの木毛はかなり湿っています。 木毛として出荷するには乾燥する必要がありますが、当時は乾燥機もなく、削った木毛は天日で乾燥させていました。風の吹く日は飛ばされた木毛を拾い集めてはまた削りを繰り返していました。
父は機械を1台から3台に増やし、人も雇い売上を増やしていきましたが、果物の緩衝材としての用途しかなかった木毛は季節的に需要のムラがあったため、保管場所としての倉庫が必要になり、また新しい売り先の発掘もしなくてはなりませんでした。
父は果物等の産地を一軒、一軒歩き、お客様を開拓。木毛の品質が良かった事から、売上げは上がって行きます。当時全国の木毛業者で大型の乾燥機を導入している会社はあまりない中、父は乾燥機の導入を決め、昭和45年、念願だった乾燥機や倉庫を備えた新工場が完成します。
創業時の物語

二代目に移り変わった時現在の社長である二代目に代替わりしたのは、平成4年10月。
創業から31年経過して、経営は安定していました。
高知県産のメロンや西瓜の緩衝材や、徳島県産れんこんの緩衝材として、また愛媛県あたご柿の渋抜きの材料として利用されていました。
木毛は天然の緩衝材として、吸湿、放湿に優れ、生の物を生で運べる商材です。
また、山から切り出した木を削って乾かすだけというエネルギーコストもあまりかからない製造工法であり、環境に配慮した良質な資材です。
しかし、天然木であるがゆえ、木の屑がでてしまうというデメリットがありました。
お客様の使い勝手の良さを考えた末、木毛を不織布に包んだクッション材を製造し、製造ラインの導入も致しました。
木毛クッション材は好評で、現在もたくさんのお客様にご愛顧を頂いています。
二代目に移り変わった時

これからの戸田商行
昭和50年代には全国で約120社あった木毛メーカーは、現在数社程度まで減少。
中四国では唯一となっています。
当社の木毛は高知県産木材を使用し、職人が木の目を見ながら、また節の部分を避けながら
丁寧に作られています。この木毛という、今や希少になった優れた素材をメイドインジャパンのオリジナルブランドとしてずっと残して行きたいと強く思っています。
そして、取引先や仕入先、地域からの信頼が厚く、社員を大切にし、誇りを持って笑顔で働ける『いい会社』を目指して行きたいと願っています。

これからの戸田商行

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